どのようなタイプの使用者であっても、人事労務管理において、不正行為の究明、責任追究については労力を惜しまないのが通常であろう。しかし、残念ながら、取引態様の複雑化及び分業の緻密な細分化という現実的な状況による影響を受け、使用者は企業内における不正行為を迅速且つ効果的に発見することができず、また、仮に発見できたとしても、立証困難等の要因から、処理対応にあたっても期待通りの効果が得られないという問題に直面している。本稿においては、不正行為に該当すると疑われる行為を発見した場合の労働紛争の処理における立証活動の観点から考察することとしたい。企業各位の参考になれば幸いである。
規則制度上の懲戒事由の細分化
不正行為はそれ自体がそもそも個別具体化的なものであり、且つ各使用者の実際の経営モデルや従業員のポスト、職責等と密接に関連するものであるため、使用者が禁止すべき行為を規則制度において網羅的に列挙することは困難であることが通常である。結局のところ、不正防止ルール違反、虚偽行為、信義誠実原則違反等の一般条項的なルールを解雇の根拠とする運用にならざるを得ない状況となっている使用者も多く見受けられる。しかしながら、不正行為が刑事犯罪として認定されるレベルに達しない場合には、前述のような一般条項的ルールの解雇事由では企業が意図するような適法な解雇という結果が得られないというケースも多く生じている。
裁判実務において、裁判官は、使用者が規則制度において信義誠実原則等のルールを解雇事由とすることができると認定しつつも、労使関係における双方当事者は、資源、情報の面において非対称的であるため、使用者において信義誠実原則等に該当しうる具体的事案を告知し、且つ具体的な違反の情状の軽重に鑑み異なる処分を下すべきである、と考えているようである。違反の程度の軽重や処分内容の分類を定めることなく、十把一絡げに信義誠実原則違反により解雇するという運用を許しては、使用者による恣意的な解雇決定を抑制することは困難であろう。
したがって、解雇が争点となる労働紛争における立証責任分配ルールを踏まえると、使用者において日常の人事労務管理の強化に留意し、且つ可能な限り規則制度又は不正防止ルールに関する合意書等の形式により、不正行為を基礎づける具体的行為、情状の軽重及び異なる処分による結果について明確化することを通じて、懲戒事由が漠然不明確であるとして違法解雇と認定されてしまうリスクを予防することが望ましい。
実際に発生した損害に関する証拠の収集、保全
不正行為を理由とする解雇に関わる労働紛争においては、実際に損害が生じた点について証明を要するか否か、必要であるとしていかにしてそれを証明するのかが、多くの使用者の頭を悩ませる問題となっている。会社側の立証責任として、従業員の不正行為の事実が客観的に存在する点の証明で足りると考えている使用者が少なくないように見受けられる。
ここで実例を紹介したい。使用者の規則制度において、部門長が社内に人材を推薦する場合には推薦報奨金を受領することができないと定められていたが、ある部門長は推薦対象の人材をまず自分の部下に紹介して、その部下が推薦する形を採り、部下が受け取る報奨金を部門の経費として取り扱った。当該行為は使用者の規則の不備に付け込んだものであり、その行為は実質的には規則制度の制定趣旨に反するものであった。もっとも、単に客観的行為が真に存在していることのみをもって解雇事由とした場合、違法解雇と認定されるリスクは容易に顕在化しうると考えられる。その原因としては二点挙げられる。一点目は使用者自身がこの行為を直接解雇することができる事由の一つとして定めていない点、二点目は仮にこれらの行為が解雇事由に挙げられていたとしても、従業員の当該行為の目的及び効果がいずれも自らの利益を企図したためにするものでない、換言すると、当該部門長がこれにより実際に私的利益を得ておらず、また、当該行為が会社に実際の損害を生じさせたか否かについては争いが生じると考えられる点である。
実際の案件を代理した経験及び類似案件の調査を踏まえると、裁判機関は使用者が被った実際の損害(金銭的性質のものとは限らない)を懲戒解除の適法性を考量する上での重要な基準の一つとする傾向にあることが窺える。 [2017]粤01民終14653号事件(裁判例)では、会社は従業員が不正をしたと主張したのに対して、裁判官は、使用者においては、労働者が上司に報告した後に客観的データに対し技術的処理を施した可能性を排除することができず、前記の行為と故意でデータを修正して私的利益を得ることとの間には本質的な差異があると考えたようである。また、データの修正により会社に実際的な損害を生じさせたとする点を裏付ける有効な証拠も提供できていなかったことを踏まえて、裁判官は会社側を敗訴とする内容の判決を下した。
したがって、不正行為を行った従業員の解除についての法令適合性や実行可能性を論証するに当たっては、行為態様、結果の内容の二重の審査基準を採用し、不正行為の存在、また不正行為によって生じた損害の点について信用性が担保される証拠により確実に裏付けられるようにすることが望ましい。仮に、二重の審査基準の基準に達しない場合には、懲戒、教育、模範を示す等の管理効果を実現すべく、次善の策として警告通告、また個人に対する費用返還の要求等の方法を通じての処理を考慮することが望ましい。
不正行為により行った連鎖反応への処理を重視することについて
通常、不正行為は従業員一人によって完結されるとは考えづらく、多くのケースでは、複数の従業員が不正の事情について認識しており、さらには不正行為に加担しているケースも見られる。実際の人事労務管理のプロセスにおいては、他の参加者についてもその行為、情状、過失の程度を踏まえて、併せて適切に処理することにより、理想的な抑止効果を発揮することができるだけでなく、不正行為に関する解雇事案において、使用者による解雇行為の合理性の論証についてプラスの効果を発揮することが期待できる。
まとめ
法的にも道徳的にも、不正行為及びその根底となる発想は、いずれも批判され及び否定的評価が下されてしかるべきである。しかしながら、だからといって、使用者が恣意的に不正行為を理由として従業員を解雇することができることを意味するものではない。使用者は、この種の問題に対処する過程において、使用者は不正行為の内容を明確にし、内部の監督管理体制を細分化し、証拠収集の意識を強化するとともに、不正行為及びその結果について可視化することに特に注意し、懲戒に係るコンプライアンスの目的の実現を図るべきであろう。